独断と偏見とちょっとしたスパイス 86
飯沼一家に謝罪します
─モキュメンタリー作品のマイルストーン─
雨穴さんの「変な家」に代表されるモキュメンタリージャンルの盛り上がりはもはや「文芸界隈のひとつのトレンド」と言っても差し支えないだろう。まるで現実世界における雑誌等の情報媒体の様にリアルな観点から怪奇へと迫るモキュメンタリーは、ジャパニーズホラーの新たなアプローチでもあり、現実と怪奇。リアルとフィクションが曖昧になるこの感覚が見ていてとてもたまらない。個人的にも今一番読みたいジャンル。私は『近畿地方のある場所について』を読んで以来、背筋さんの作品は全部読んでしまった。これからは他の作家さんの作品にも手を伸ばしたいと思っている。そもそも怪談ってフィクションの中でも特にリアルさが求められるジャンルだと思う。自分たち受け手も怪談を現実にあったかもしれないって思ってしまう節がある。話が精巧になればなるほど、怪談はリアルになり、半ば風説に過ぎなかったフィクションは現実になる。現実の境目が曖昧だからこそ、受け手の感情が入る隙間が生まれるのかなって思う。
さて今回取り上げたいのは『飯沼一家に謝罪します』。テレビ東京により2024年始まったモキュメンタリー作品の枠「TXQ FICTION」の第2弾。私はこの作品をモキュメンタリーのマイルストーン的作品と位置付けている。モキュメンタリーおける最適解の一つで、正直この作品はモキュメンタリーというジャンルを縮めかねないと思った。クリエーターにこの作品を超える事を課したのだから中々に酷だと思う。それぐらい作品の完成度が高く、見た人の舌は必ず肥えるだろうし、この作品を見た人のモキュメンタリーに求めるレベルは確実に上がるだろう。現実と怪奇の境目が混濁していて、それでいてストーリー性もあり、一話事にそれぞれ新しい謎と前回の謎へのアンサー。そして見どころがある。おどろおどろしい恐怖と謎に対する知的好奇心。これが特にいい塩梅にくすぐられるんだ。
物語は2004年の深夜に放送されたある深夜番組から始まる。それは、ある大学の文学部史学科の教授で民俗学に造詣が深い矢代誠太郎氏が、飯沼一家に謝罪するというものだった。番組内で矢代氏は飯沼一家に謝罪すると共に、白装束に着替え「四十九日の裁きを受けさせていただきます。」という言葉を最後に、これから儀式を行う事を示唆しながらある家の二階へと上がる所で番組は終わる。それから20年。情報の少なさから都市伝説として扱われたこの番組をテレビ東京が探っていくというドキュメンタリー番組。という体で、この都市伝説の謎へとテレビ東京クルーが迫っていく。1話が大体25分程、全4話構成。
やっぱりこの完成度の高さは何というかテレビ東京の本気を見た。徹底したリアリズムの元にインタビューを受ける人達もほとんど演義をさせていない。報道番組で実際にインタビューを受けた人の様なリアクションや言い回しはとても生々しい。冒頭の「この番組はフィクションです。」が無かったら信じてしまいそうなぐらいのリアルさがある。TXQ FICTION枠だと同スタッフによる『イシナガキクエを探しています』もあるが、単純にリアリティについては『飯沼一家に謝罪します』の方がさらに現実味が増していると思う。本作品の良い所はいい意味で分かりやすく、考察しやすい点にあると思う。各話事に視聴者に明確な謎と前回のアンサーを提示し、思考をある程度誘導していて、ある意味でサスペンス的要素を取り入れた作品になっている。モキュメンタリー作品って怪奇や真相がわりとふわっとしていて、自発的に考察をしていかないと受け身の姿勢では絶対に楽しめないめんどくさいジャンルなんだけど、わりと本作は受け身の姿勢でも楽しめる作品になっていると思う。
物語としてはただ単純に恐怖や怪奇でだけに収まらず、その背後にある人間関係や複雑な事情が絡んでいて、作品を見終わった時には虚無感に苛まれた。特に最後のセリフのシーンの重さ。今まである登場人物が抱えていた苦しみを始めて表現した場面だったと思う。ここまで救いの無い背景が「飯沼一家に謝罪します」にあって、怪奇に関わった主要な人間に救済は無かったと感じさせる結末。モキュメンタリーというジャンルの弱点と言ってもいいストーリー性の無さがここに解消されていた。「イシナガキクエを探しています」同様にTXQ FICTIONはわりとストーリー性も意識した作りになっている。
モキュメンタリー作品と言ったら考察。作品に明確なアンサーや真相が明かされない以上、視聴者は考察で補完しなけてばならない。本作はわりと謎へのアンサーが多く提示され、「飯沼一家に謝罪します」という番組の大まかな真相は明かされていると言ってもいい。ただ一部作中で提示されていた現象への具体的な情報は明かされず、結末については視聴者の考察に委ねる形が取られている。考察が苦手な人は、YouTubeやnote等で考察を探してみるのがおすすめ。同じ作品を見て、他の人はどう推察したのか見て行くのも楽しい。セリフ一つにしても感じ方は十人十色。こんな考察もあるのかって、見ていて勉強になった。モキュメンタリー作品って他人の感想というか考察を見て行く楽しみがあっていい。作品に対してある種の一体感を感じている。また場面によって画像加工しないと解らない場面もあるから、そういう意味でも一体型コンテンツみたいな空気感はあった。
ここまで知りたい。知りたい。っと知的好奇心を掴まれ、世界観に惹きつけられた作品って滅多にない事で、本当に面白い作品でした。時間的にも仕事の休憩時間に見るにちょうどいい長さで、合間合間に時間を作っては最後まで視聴させてもらいました。「怪奇は自分の身近にある。」と思わせるドキュメンタリーテイストで、怖いだけど見たくなる。そんないい塩梅の作品でした。人にも勧めたいし、このブログを見に来てくれた人ぐらいには、この作品を見て体験して欲しいと思います。実はYouTubeにて全話が公式無料配信されているので、気軽に、そしてタダで見れるのもポイント高い。貴方もこの都市伝説とその裏にある怪奇に迫ってみませんか。
15秒CM
第一話
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