独断と偏見とちょっとしたスパイス 71
フォール ─生還の望みが減っていく極地で「生きる」事を考えた─
フィルマークスより引用
「危険」な物に関する暗い憧れって誰にもあると思う。
それが例えばそれが結果として自分の死に繋がるものであったとしても。
比較的身近なものでスリルを体験できるものと言ったら、登山やモーターレース。最近知名度上昇が著しいパルクールとかもそう。個人的にはモトクロスとか、自転車のダウンヒル競技とかも好き。またビルや高層建造物を生身で登る。と言った命知らずな動画やトレインサーフィンみたいな迷惑動画まで、ああいう「危険」で、見ていて怖くなる位に荒々しい世界が今ではYouTubeで無料で大量に見れるのだからスリルには事欠かない。
下手をしたら死ぬかもしれないし、体に障害が残るかもしれない。たった一回の練習で競技人生が絶たれた人もいると思う。危険でやらないに越したことはない。(一部犯罪行為だし。)でも一方で、危険なものに対する憧れは否定できないだよね。私自身35歳までにバイクでサーキットを走ってみたい。という夢がある。ルールに乗っ取って走る訳だから派手さばかり強調されがちなエクストリームスポーツよりは危険は少ないとは思っている。けどやっぱ危ないし、身体能力の問題もあるし、下手したら死んで終わり。もあるかもしれない。
でも一度バイクに魅入られた私もまた「危険」に憧れがあるのだろうね。
死にたくない。けど危険な事がやりたい。という矛盾。
過去の哲学者はこの矛盾をどう表現したのか気になっている。
さて今回は映画『フォール』を取り上げたいと思う。
実はこれは結構気になっていたやつ。元々Twitterか何かで公式の予告編を見て気になってた。内容のシンプルさと上った塔に取り残される。というシチュエーションが凄く新鮮に感じてさ。見たい見たいとずっと思っていた。結局映画館には行かずじまいで、久しく存在を忘れていたのだけど、よくよくAmazonプライムを見たらこの映画が配信されているのを発見してついに見る事が出来た。結論だけ先に言うと、これは是非とも映画館で見たかった。もっと単純な映画と思っていたら、生きる事について考えさせられるテーマ性を帯びていて、単純なスリラー映画では収まらない作品だったからだ。
クライマーの主人公・ベッキーとその旦那・ダン。そして2人の共通の友人・ハンターの3人がフリークライミングをしていたその時、転落事故でダンは死去する。それから1年。ダンの死から立ち直れなかったベッキーは酒浸りの生活を送っていた。そして彼女を心配するベッキーの父とは険悪な関係になっていた。そこでベッキーの父はハンターに娘を立ち直らせてほしいと頼んだ。そこでハンターは老朽化した600メートルを超える巨大電波塔「B67電波塔」を登り、そこでダンの遺骨を散骨する事をベッキーに提案する。登る事にトラウマを感じていたものの渋々提案を受け入れたベッキーとハンターは塔を登り切り、散骨と動画撮影を続けていたが、地上に戻ろうとしたその時梯子が老朽化により崩れ去り、塔の頂上に取り残されてしまった。2人はこの窮地を脱却するために様々な方法を持ちうるが、ことごとく失敗してしまう。生還の望みが薄くなっていく中、ベッキーとハンターは生還の為に足掻く。
600メートルを超える巨大電波塔。高さ的には東京スカイツリーや熊本市にそびえるランドマーク的な山・金峰山の標高とあまり変わらない高さ。鉄塔の周りは、砂漠の荒野で目視できる範囲にダイナーがあるが、まあまあ距離がある。そんな鉄塔で立ち往生した2人の女性がサバイバルするという映画で、「限られた空間と資源の中でサバイバルする。」というシチュエーションはどころ無く火星に取り残された宇宙飛行士を描いた映画『オデッセイ』を連想していまったのだけど、『フォール』は『オデッセイ』にあった前向きな希望を可能な限り剥ぎ取った映画になっている。
ベッキーとハンターはあの手この手で、救助を呼ぼうと行動するのだけど、それがことごとく裏目で出てしまう。人に助けを呼ぼうと発見した住民に合図を送ったり、ドローンにメモを残して飛ばしたり、でもその手段は悉く失敗している。手段は減り、望みが減っていく。よくこの手の映画でありがちなのは、見ている人が簡単に思いつきそうな事を映画内の登場人物達がやらない事に対するイライラ。「なぜ、どうして。」って思う事は映画を沢山見てきた貴方ならばあるはず。私だってある。日本のちょっと前の警察ドラマとか見ていて思っていた。脚本の都合でリアリティが減ってしまい、作中に違和感しか残らない。そんなあれ。特に名前は無いのだけど、あれっ嫌だよね。でもこの映画は観客が思いつきそうなアイデアは一通りやっていてさ、脚本の不備から来るあの不協和音な無くて、だからこそ主人公達が感じていた絶望がよりダイレクトになっている。また序盤から伏線が張られていて、丁寧に回収されている。それには驚いた。ちょっとしたシーンなんだけど、それが伏線になっていて、最終的に「あ、このシーンがここで生かされるだ。」って思う事がただあって、下手サスペンス物よりも綺麗な回収だったと思った。
主人公の友人・ハンターの存在も大きい。ストレートに言っちゃうだけど、ハンターってすごくいい女なんだよね。自分の周りにいたら毎日楽しいだろうなって思う。同性、異性問わず友達が多いタイプでさ。明るくて、友達想いで。ベッキーの父が相談できる程に信頼されているのも、存在感の大きさが伝わってくる。でも実はベッキーに対して大きな秘密を抱えている。この関係性が凄く好きだったし、中盤から終盤の展開で重要な役割を果たしてくれる。ハンターの活躍も見て欲しい。
個人的な名シーンは、終盤にかけて死は迫る中でベッキーは今までの事を思い返す。最愛の人が死んだ事や、険悪だった父の想いを知った時の事を。そして自分を食らいに来たハゲタカを返り討ちにして食らい、覚悟を決めるシーンが好きだった。中盤まで後ろ向きで積極的とは言えなかったベッキーが前向きに生き残る為に腹をくくる。それを表現した名シーンだったと思う。そしてそれがラストシーンでベッキーのセリフに繋がってくる。
人生ははかない。人生は短い。すごく短い。
だから一瞬一瞬を大切にして人生を噛みしめて生きるべきだ
その生き様が人生の尊さを伝えることになるから。
※日本語翻訳版 日本字幕とは若干の違いがありますが、自分はこっちが好き。
シンプルな舞台装置の中で絶望と「生きる」事を描いた名作だった。
もっと単純なスリラー映画と思っていただけにただただ驚いたし、そもそもこれをどうやって2時間近くの尺の映画にするのだろうって気になっていたから、本当に凄い映画。途中マンネリだったり中だるみする事も無いから、最後まで緊張感があってスリリングな展開だったし、もっと早くこの映画を見れば良かった。もちろん自分高所恐怖症だから見ていて怖かったし、ぞわぞわするシーンの連続なんだけど、なんだけど映画の本質は「生きる事」。そして困難を克服する意志を描いた王道な物語だったと思う。
良かったら是非とも見てみて欲しい。画も綺麗な、お勧め映画です。
配信サイト
公式サイトは無し
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