隠居大名の江戸暮らし 年中行事と食生活 ─大名家奥日記から見える日常─

2024年12月20日金曜日

吉川弘文館 江後迪子 読書 歴史書

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 独断と偏見とちょっとしたスパイス 80


隠居大名の江戸暮らし 年中行事と食生活  江後迪子
─大名家奥日記から見える日常─

公式サイトより引用





江戸時代は長い。1603年の江戸幕府正立から1863年の大政奉還までざっと270年あまり。鎖国や幕藩体制の成立によって社会構造の硬直化が見られる一方で、あくまでも戦争経済によって発展していた支配階層たる武士達は江戸時代初期から困窮し、時に大飢饉に見舞われ膨大な犠牲者が出ながらも生産者たる百姓や経済活動を担った商人が経済力を増していく、とても矛盾した社会構造がある時代。経済圏の拡大を進め、海賊衆の消滅と海上交通の発展により日本規模で物資の海上輸送が盛んになり、そこから新たな食文化が生まれた時代。日本というカルチャーを成熟された時代であり、現代社会まで残る根深い問題を生んだ時代でもある。文化史、経済史、政治史、郷土史。どこを切り取っても一個人が学ぶには膨大な歴史があり、知識欲がある人間にとっては夢の様な時代が横たわっている。知りたがりには最高の時代。そんな時代の歴史本を今回は取り上げたいと思う。





今回取り上げるのは別府大学短期大学部教授等を歴任された江後迪子教授の著作です。

隠居大名の江戸暮らし 年中行事と食生活

出版社は歴史好きにはお馴染みの吉川弘文館。出版は1999年。



江後迪子先生はこの本で初めて知った。著作物を見る限り中世から近代までの食文化に精通された方の様だ。著作物の発刊年代が00年代に集中している事もあって、読むには難易度が少し高いがまだまだ探せば読める時代に収まっている。このぐらいの時代に発刊された本は電子化されてない事もあって中古本サイト「日本の古本屋」等で探す必要があるかもしれない。廃盤本でも買えるし読める電子化の利点を噛みしめてしまう場面だ。



さて本書は、臼杵藩稲葉家に残った文書資料「臼杵藩稲葉家奥日記」を元に、江戸時代後期から廃藩置県までの間に書かれた記述から、江戸の大名屋敷で暮らす大名や江戸や奥方らの日常生活や、大名屋敷の運営や人材のリクルート、雇用形態。食生活、そして年中行事等をまとめた、大名の生活史といった内容になっている。臼杵藩稲葉家は文字通り大分県臼杵市の外様大名。稲葉氏は元を正せば美濃の国人で、関ヶ原の戦い後に臼杵へと転封となり、以後明治維新まで同地を治めた。


まず驚いたのがその行事の多さ。1か月おきに何らかの行事が行われ、その度に指定の食品を準備しないといけない。毎月イベントに追われてるのを見るに、大名屋敷を想像以上に多忙でなおかつ金銭的負担が大きい事がわかるだろう。そしてあまりにも多岐にわたる年中行事の多さ。他の大名家や屋敷内での食品のやり取りを見るに、商人とかなりの頻度で商品の購入、納品させていた事になる。これだけの頻度、量、そして支配階層たる大名家で使用にたる程の品質の製品を納品する事ができるシステムが構築されている事実。これは作中の本題からはそれるが、私達が考える以上に対大名家を顧客にしたビジネスが盛んだった事を窺い知る事となった。またわりと頻度で登場する鯛も印象的。縁起の象徴である鯛がこれほど武士の社交場で重宝されていた事は知らなかった。それぐいらよく書籍内で鯛の字を見た。


また注目したい店として、大名屋敷が江戸の商人階級出身女性の貴重な就職先であった事も見逃せない。これもまた書籍の本題からはそれてしまうが、階級が基本的に固定化され職に様々な縛りがあった近世。男性も、そして女性も著しく制限が多かった時代において女性を多く雇用している場所の一つとして大名屋敷があったという事に気づかされた。女性史的観点からの大名屋敷の研究資料を読んでみたい。


江戸時代と食生活という点でこれまた外せないのがお菓子
江戸時代では、今まで全てを輸入に頼ってきた白砂糖が日本国内でも生産、流通が始まっていた。四国の和三盆は今でも高級砂糖としてその価値を保っている。江戸時代においても砂糖は高級品で、いくら大名家でも食べる機会は限られていたようだ。しかし砂糖を使った菓子が登場した事も興味深い。まだまだ世間一般で食されるものでは無いが、甘さを求める姿勢は今も昔も変わらないと思う。江戸幕府の中心地で、人や物だ集まる一大集積地であった江戸。砂糖の一大消費地として調べると、また違った面白さや和菓子の発展を知る事が出来るかもしれない。


お菓子と言えば、本書内で興味深い記述があった。それは毎年6月16日に行われていた「嘉祥」という行事。今では嘉祥は「和菓子の日」として後世に伝えられている。これは幕府が大名や旗本にお菓子を配るというイベント。元は厄落としの一種として平安時代にルーツを持つイベントで、莫大な量のお菓子が配られる一大行事。なんというか今でいうハロウィンみたいな一種のレクリエーションみたいな連想させる行事だけど、砂糖が高価な時代では莫大な予算がかかるのは想像に難しくない。政治的な背景も感じさせる行事に見えた。


ただ本書の難点は文章が教科書的で出来事の羅列になってしまっている事。学問の中でも文章的表現力が書籍に求められがちな歴史書。表現力が高ければ高い程に名書と言われ、低いと退屈な教科書と言われてしまう。主観を文章にどれ程取り入れるのか否か。歴史書の難しさを感じる一幕だと思う。


江戸の文化というと町民の視点で書かれた書籍が多い事もあって、こういう大名家の視点から江戸での生活について知れたのは有意義だった。日常生活というのは余程筆まめの人物がかなりの頻度で日記をつけない限りは、基本的には資料として残らないので、大名屋敷の生活感は伝わる資料があるのはとても貴重だと思う。江戸時代はとても地域性が豊で、まだまだ知らない事が殆どで、学べば学ぶ程に堂々巡りになっていっている気すらする。様々な観点から歴史が見れるように、柔軟性を豊にしていきたい。


現在でもPOD版が発売されています。よかったら是非。


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毎週金曜19時更新。 目に留まった創作物にレビューを書きます。批評家では無いので、凝った事は書きません。文章は硬いめだけど、方針はゆるゆるです。よろしくです。

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