独断と偏見とちょっとしたスパイス 79
近畿地方のある場所について 背筋
─連動する怪談が「怪異」を浮かび上がらせる─
注意
本作については事前情報を遮断して読む事をお勧めします。
もし少しでも興味がある。読む予定だ。という方はブラウザバック推奨です。
カクヨム版のURLも貼っているので、そちらを読むのもいいでしょう。書籍版との大きな違いは作品の資料が袋とじでついているかどうかなので、とにかく作品に触れてみたいならば、カクヨム版を読むのをお勧めします。
近畿地方のある場所について 背筋
恐怖には様々な種類があると思うが、例えば自然。山や海に対して感じる、言い換えるならば原始的な恐怖心、と言うのだろうか。未だ解明されてない未知に対する恐怖は人間に残る野性なんだと思う。生理的な恐怖。理解できない物や存在に関する何とも言い難い恐怖心は誰もが抱えている。X等のSNSでそんな存在を見てしまった時、その恐怖は不安となって様々な事柄に思考が連鎖してしまうそんな人間主体の恐怖はインターネット社会では常に感じている。出来事や存在、行為に対する恐怖。よく○○恐怖症としてひとまとめにされる恐怖もあるだろう。
「小説」という媒体では生理的な恐怖を描く事に優れる反面。聴力や視覚の表現が読者の想像力に依存した媒体である以上、原始的な恐怖を描く事は無理だと決めつけていた。それが間違っていたと、この小説を読んで気づかされた。「背筋が凍る」というとはあくまでも文章的な表現では無く、生理現象として怖い話を見た時には本当に体が寒く感じてしまう事も知らなかった。こんなにも怖いフィクションがある事も知らなかった。
今回取り上げるのはKADOKAWAより2023年の8月30日に発売された、
背筋作「近畿地方のある場所について」を取り上げて行きたいと思います。
元はKADOKAWAが運営している小説投稿サイト「カクヨム」にて2023年1月から投稿が始まった同タイトルの書籍版。「カクヨム」は試験的な作品や個性的な世界観の作品を多く見かける印象がある。自分が読んだもので好きなのは、常にその規模を拡大させている無秩序に拡大させている横浜駅を冒険する「横浜駅SF」や、今より遥か遠い未来のある人物が書いている個人のゲームレビューブログという体で描かれた「The video game with no name」。ラノベ的なライトな世界観ながらも一方で、その独創性が光る作品たちだ。「カクヨム」のヘビーユーザーでは無いのであれだけど、わりと文芸誌寄りのサイトって印象がある。
ここで今現在大きな話題を生んでいるのが、本作「近畿地方のある場所について」。正直「X」での盛り上がりを知らず、偶然寄った書店で手に取ったのが始まり。読んでいて背筋が凍った。空調の冷房に暑いといつも愚痴を言う私でも、この本を読んでいる間は寒くてしょうがなかった。でも想像以上に面白かった。今年見たコンテンツの中で一番面白いと言えるぐらいに。ホラーってさ、やっぱり何となくだけど、ストーリー性は二の次で、どんだけ怖いシチュエーションを作れるかみたいな所ってあるじゃない。だからこそホラーってチープに見てしまう瞬間がある。まあこれはホラーに限った話では無いのだけど。でも本作は違う。「怖い」と「物語」の両立が出来ているから、「怖い。でも続きを読みたい。」という凄い読者を惹きつける強力な魔力を持っている。
本作はいわゆる「モキュメンタリー」と言われるジャンルになる。
「モキュメンタリー」とは、ドキュメンタリーの様に演出したフィクション作品の事。ちょっと昔の映画なんだけどニューヨークを舞台に怪獣に蹂躙される街からの脱出をハンディカメラで撮影を続けていた。という体の「クローバーフィールド」や最近だと雨穴作「変な家」とかも該当するかな。本作も各種雑誌等の媒体で掲載された記事やインタビューのテープ起こし。はたまた児童書向けに書かれた「学校の怪談」にネットの掲示板に書かれたスレッド。投かんされた手紙等、バラバラな時間軸で多種多様な書き手が書いた物がまとめられている。全てに共通するのがこれらが全て「近畿地方のある場所について」(作中では伏字●●●●で隠されている。)書かれた物である事。各話がそれぞれ短編の怪談として成立している一方で、それぞれを読み進めば進める程●●●●にある怪異について知識がより増えてしまう。そして、怪異という存在に近づいてしまう。
この点が凄くクトゥルフ神話に代表されるコズミック・ホラー的な側面とジャパニーズホラー的の二つの側面を感じた。開発によってダムが生まれ、小学校があるぐらいには人も住んでいる地域ではあまりにも不可解な程に人が死ぬ。または怪奇に巻き込まれている。怪奇の内容自体はホラーや怪談話で聞くような話である一方、それらの話を纏めると特徴的な怪異の存在が浮かび上がってしまう。まるでクトゥルフ神話TRPGで自分が探索者(プレイヤー)になって実際に怪奇を調べ上げている様な、そんな感覚すら覚えた。読み手はそれらの断片的な情報を組み上げていく事で、「考察」を始めてしまう。怪談が謎を生み、謎はより真相に迫りたいという読者の心情を煽り、物語によりのめり込んでしまう。読者の心情を操るテクニックには脱帽。これが本当にデビュー作とは思えない。
またそれと並行して物語の合間に本書作者と同名のライター・背筋が「近畿地方のある場所について」という話をまとめている。この語り部はある意味で作品の主人公的存在で、失踪した友人小沢氏を探している事を提示し、彼が行方不明になるまでのエピソードと情報提供を求めている。こちらのパートでは、新人編集者だった小沢氏が初めてホラー系のムック本を任され、参考の為に過去出版会社から出されたホラー雑誌を大量に読み漁っていた過程で、異常にエピソードの多い●●●●という地域を知り、●●●●について調べを進めていくにつれて行方が分からなくなってしまったという。
このパートでは今まで作中の各怪談で上がっていた情報のまとめ、物語の謎を解明していくパートでもあり、そもそも何故「近畿地方のある場所について」を背筋が書かれたのか。その背景にも迫る。モキュメンタリーパートでは、時系列や人物が全てバラバラだから混乱しやすいのだけど、このパートがあるから作中の謎が明確に提示され、物語の理解が進む。サスペンスのような緊迫感があり、明確な目的と謎の提示があるからこそ物語によりのめり込んでしまったように思う。昔放映されていた2時間サスペンスドラマでは、視聴者の為に情報を整理するパートがあったというが、それと同じだろう。そして段々と様子がおかしくなる背筋と、物語の真相がわかった時のおぞましさ。チープな言い回しだが、ラスト1ページの恐怖を味わってほしい。
とんでもない本を読んでしまった。
こんな傑作に会えたことに感謝したい。そして、あまり注目してこなかったホラージャンルにハマってしまいそうな自分がいる。「ホラー=チープ」というステレオタイプ的な印象も愚かだった。多分この本はこれから更なる話題を呼び、ムーブメントを起こす作品になると思っている。読書でここまで怖いと思える瞬間に来るとは思わなかった。このレビューサイトを立ち寄った貴方ぐらいにはこの本を是非とも読んでみて欲しい。そして、この恐怖を共有しましょう。
見つけてくださってありがとうございます
こういうネットミーム的なワードを持っている作品って話題性の面で強いよね。
公式サイト
KADOKAWA CM
読んだ人なら分かる小ネタが入った公式の広告
わりと本作を考察したサイトも複数ヒットするので、調べても面白いです。
結末を知ると、また読みたくなる中毒性がありますね……。
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