世の中の創作物にあーだこーだ言う。
『独断と偏見とちょっとしたスパイス』
第10回は、奇妙な風習とマタギの世界観を克明に残した。
『マタギ奇談 狩人たちの奇妙な語り』
マタギ。東北地方を中心に独自の文化を持った狩猟者の事。
遠く離れた九州に住む私には馴染みの薄い存在で、あまり深くは知らない。
無論肥後細川藩にも猟師自体はいたが、マタギ程の知名度は無く産業として成り立つ程では無かったではなかろうか。
「狩猟」というと九州では捕鯨が盛んだった。平戸(長崎県)で捕鯨は盛んに行われ、莫大な財を成したという。
日本というのは今にしては狭い国だが、幕藩体制下においてはかなり広い国だった。
それぞれ独自の文化や方言を持ち、所々違った価値観を持っていた。
さてそんな西国人の私にとって、マタギとは謎の存在である。
どことなくスピリチュアルな要素を持ち、今でいうカニ漁師みたいに存在の様にも見える。
マタギは時代と共に数を減らしていった。近代化。銃の高性能化。高齢化。少子化。
21世紀において、マタギという存在は不要かもしれない。もはや、時代の産物でしかないのかもしれない。
そんな時代の転換期にマタギ達と交流し、丁寧にフィールドワークを重ねた筆者が、
マタギの日常から歴史的逸話まで、彼らの足跡を僅かでも浮かびあげらせたのがこの本になる。
『マタギ奇談』というタイトルで山と渓谷社のヒット作『山怪』をイメージする方もいるかもしれない。
あちらと大きな違いは、幻想的な話や怪奇現象に重点を置いていない。という事。
あくまでも、マタギの生き様と価値観に重点をおいている。
怪談や民話の種というべき話をまとめた『山怪』みたいなのをお探しとなるならば、この本はやめられた方がいいだろう。
あの有名な八甲田山遭難事件で軍隊によって壮絶な体験を強いられたマタギ達の秘話。
近世の奇人・菅江真澄の足跡を辿る話や昭和20年の山津波でマタギ集落が消滅した惨事と言った歴史的逸話。
マタギ達の独自の文化・価値観と言った話。
掟を守る為に熊を飼う事になったマタギ。
スイカを盗んだ熊という笑い話やはたまた価値観が相いれない狩猟者とマタギの対立と悲劇まで、マタギが関係している喜怒哀楽を含んだ様々話を読み進めていく。
熊との闘いで熊と白兵戦をやった話や仕留め損ねた熊に報復される話まで、想像以上の恐怖と隣り合わせの職場である。
九州には熊はいない。でも、イノシシはたまに民家を襲い飼い犬を食べたという話はある。
それだけでも十分に恐ろしいのに、本州はそれよりも遥かに強い獣がいるという恐怖。
九州でもこれなのだから、あちらはさらに怖いだろう。
そんな中であの強い獣たちと戦う。マタギという仕事の過酷さ。
そして、そんな熊に対して感情的にはならず、平常心で戦うマタギ。
命と命のやり取りという物は、特に実力者同士の戦いという物は得てして淡々としているのかもしれない。
マタギは様々な掟やジンクス。山の神信仰を持ち合わせ、愚直なぐらいにそれに忠実に従う。
例えば狩りに出る際は、狩りに行く人数に気をかけた。山の神を怒らせるからだ。
だが、どうしても人数が必要になる際は人形を作り、それで数合わせをして調整する。
まるで昔の修行僧の様な趣すら感じてしまう程に。死と隣り合わせの世界で彼らの神を信仰していた。
本の中で狩猟者とマタギの違いについてこう書かれていた。
「マタギ独自の思想に忠実か否か。」と。
彼ら脈々と受け継がれてきた思想を忠実に守る男達だった。
そして、忠実に山の神を信仰していた。
そんな誇り高い男達が、東北の山にいた。
狩猟文化を垣間見る瞬間である。
現代的な話もある。
マタギが現代的な若者に失望し、マタギそのものを辞めてしまった話。
白神山地が世界遺産になってしまった結果、マタギも狩猟が出来なくなってしまい。
その文化。思想が途絶えてしまった悲劇。
文化と自然の保全は、21世紀における課題の一つだろう。
自然の守る方法として、法律で禁止するというのは大きな手の一つだ。
だが、その土地で生きる人間を得てしてないがしろにする危険もある。
アイヌ問題が叫ばれる昨今。文化と自然の両立について考える必要があるだろう。
伝統的な文化を持った猟師・マタギ。
時代の変遷と共に消えつつある、信仰と誇りを持った猟師たち。
そんな彼らの生き様を少し触れることができた。
もう夏休みが終わった所が大半なんだけど、個人的には読書感想文の題材として推薦したい。
短めの本ではあるけれど、独自の文化を持った人間を知る。というのはとても刺激を受ける事なんだ。
「思想に忠実」であるという事はとても困難な事。一般の人ではできない様な事を彼らは行っている。
自分の中で曲げられない信念を持った人間が、私は好きだ。
そんな男達の逸話。本として残されたほんのわずかな足跡だけど、良かったら触れてみてほしい。
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