世の中の創作物にあーだこーだ言う。
『独断と偏見とちょっとしたスパイス』約2年ぶりの投稿。
第9回はサイコキラーの持つカオスとエクスタシーを特等席でご案内。
『アングスト/不安』
『アングスト/不安』は1983年にオーストリアで公開された映画で、2020年の日本公開はリバイバル上映になる。
だがその内容故にオーストリアでは1週間で公開中止となったのを始め、
欧米各国で上映禁止の処置を受けたいわくつきの映画だ。
日本では『鮮血と絶叫のメロディー/引き裂かれた夜』という悪役の台詞みたいで、
言っちゃなんだがとてもチープなタイトルでVHS化されたものの、時代と共に忘れ去られていった。
そして時代のターニングポイントになりかねない事件が多発する混沌とした2020年に、
カオスとエクスタシーを爆発させた『アングスト』は蘇った。
物語の題材は、
オーストリアのサイコキラー・「ヴェルナー・クニーセク」が最後に起こした実在の事件が元となっている。
彼は一家3人家族の飼い猫を殺して脅し、それから3人を拷問の末惨殺するという凄惨無慈悲な事件を起こした。
その後逮捕され、終身刑となった彼は2020年現在も収監されているという。
「ヴェルナー・クニーセク Wikipedia」で検索。
(日本語では、彼の事についての情報ソースを探すのは困難である事も付け加える。)
この映画は、
この凄惨な殺人事件の一部始終を主人公である犯人の独白を聞きながら見ていくというものになる。
今風で言うとオーディオコメンタリー。
サイコキラー本人が、その時その時の感情や思考を解説してくれる。
最近の作品で例を出すならば『ジョジョの奇妙な冒険第4部 ダイアモンドは砕けない』の吉良吉影が、
絡んできたカップルを殺すシーンだけで映画を作ったと考えてもらうといい。
という中々狂った映画の訳だ。
もちろん事件の細部や被害者の名前。殺人方法が一部変更されている。
だが、この狂気にあてられた人間は感化されかねない程のリアリティと危険性がある。
それまでの生々しさ、カオス、としてエクスタシーをもった狂気作品だ。
しかし映画自体には大して盛り上がりも、大きな見どころもない。
ホラー映画やスリラー映画、スプラッター映画とは違い、あくまでも事件の再現ドラマだ。
(ちなみにグロさで言えば初代SAWよりもグロくはないが(主観)、その分生々しさはこちらの方があると思う。)
この狂気を生んだ原因は主演で、このサイコキラーを演じた「アーウィン・レダー」の迫真の演技にある。
彼はあくまでも映画の一人物にすぎない男を、生々しい怪物に変えた。
ストレスの極致にいた男が殺人に向けた行動を行う事で刺激を受け、
テンションを上げていき、相手を殺す事で絶頂する様は凄い。
感情を爆発させ、狂喜乱舞する。この熱。この喜び。この感動。そして、この異常性。
すごいね。役者。
この映画は基本的に多くのシーンがアーウィン・レダーの一人芝居だ。
全編、この異常でリアルな演技を楽しめるぞ。
カメラワークが中々凝っている部分もまた凄い。
ドローン撮影ができない過去の時代にどうやってとったのだろうと疑問に思うぐらい、謎の距離感からの撮影が多い。
画面酔いするレベルにカメラがぶれるシーンもあるが、
全体的に凝ったカメラワークは画面をよりスタイリッシュな印象に見せる。
極めて陰湿な物語と、スタイリッシュな画面がまた奇妙な魅力を映画から放っている。
映画は最初の終わりにナレーションが主人公の生い立ちと末路を語る意外はすべて犯行シーン。
人を殺害するサイコキラーの犯行劇を画面の外という特等席から、
ただ見ていくだけである。
怪物の独白はただただ異常であり、中身は無い。知能に問題を抱え、善悪の呵責は持ち合わせていない。
しかしこの話は実話を元にしている。つまり、実在している事に対する漠然として不安。
うすら寒い恐怖を覚えた。
もしも、この様な犯人が街に、自分の生活圏に、家の隣の道にいたら。
という不安。
この映画を見た人間ならば、そんな不安を抱かずにはいられないだろう。
そして、もう一つ。
人間というのは理解できないものに対しては排他的になるものだが、
その潜在意識には恐怖を感じているからだと思う。
私はこの主人公が理解できなかった。
一般的な社会規範を持たないこの怪物に対する理解のできなさ。それがまたホラーとは違った生々しい恐怖を生んだ。
難点としては、映画公開された当時と現代で状況が一変してしまった。という事だ。
37年の歳月は時代を大きく変えた。
今ではインターネットという発明が生まれ、
検索ワードを知っていれば本物のスナップビデオが見れてしまう恐ろしい時代に変わった。
残虐で無慈悲な写真も簡単に見れる時代になった。
それほど過激で残虐な世界と一般大衆の距離はあまりにも近くなった。なりすぎた。
誰もがスマホで撮影できる時代には、この生々しい殺人映画も所詮は「作り物」になってしまった。
公開当時の観客が感じていた衝撃は、今の時代には響かないだろう。
鬱憤を抱えたサイコキラーが殺人を達成する事で絶頂を迎える様を、
観客は特等席で見る。
社会規範を持つ者はその内容に顔を顰め、内容に反感を持つだろうか。
ただ、この映画を持つカオスとエクスタシーは何者にも代えられない力があった。
私はただただ圧倒されてしまい。ただおどおどしていた。
なるほど、これがカルト映画かって実感がある。
人によっては退屈な映画だと感じるだろう。
BGMも今の感性ではとても古臭く感じるし。
あまり強くはおすすめしない。ただ、もしも。
爆発的な狂気を。荒れ狂うような絶頂が見たいならば。この映画を見るといい。
私はこの映画が好きだ。
アングスト/不安 公式サイト
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