チフスのメアリー 病魔という悪の物語 金森修

2020年8月28日金曜日

ちくまプリマー新書 金森修 筑摩書房 読書

t f B! P L

 世の中の創作物にあーだこーだ言う。

『独断と偏見とちょっとしたスパイス』

第11回は、他人の石を投げない為に。

『チフスのメアリー 病魔という悪の物語』







ゴーン元社長の国外逃走という日本の司法機関に対する挑戦から始まった2020年。

イランとアメリカの緊張が高まりもはや開戦かと囁かれた1月も、もはや遠く。

今となってみれば、あの頃はまだ平和だったと懐かしい気持ちになる。


アメリカのBlack Lives Matter(黒人の命は大切だ。)運動はその制御を失いアメリカを燃やした。

インド・中国国境では死者を伴う戦闘が行われ、ウイグル人の悲劇は拡散されている。


何が歴史のターニングポイントになるのか。

時代は確実に悪くなっている。これからの20年代を暗示していると言わんばかりの惨事が続いている。


そして、その惨事の最たるものはコロナの世界的流行。

世界に恐怖と混乱の渦が巻いた。多数の死者。志村けんさんの死。

経済は劇的に悪化の一途を辿り続け、感染予防の為に大勢の人間がその夢を失った。


熊本・新市街の通りである居酒屋の店主が総菜を売っていた。

しかし、沢山の商品が売れ残っている。

まだ営業中にもかかわらず、店主が机に肘を置き文字通り頭を抱えていた。

あの絶望の光景が頭から離れない。




さて、今回紹介する本は『チフスのメアリー 病魔という悪の物語』は、

そんな混沌の時代に一つの問いかけをする。


今から100年程前、「チフスのメアリー」ことアイルランド系アメリカ人のメアリー・マローンはチフスの無症候性キャリアだった為に、

ニューヨークの孤島に隔離されてしまい、その島で一生を過ごす事件が起こった。

公共衛生の意識改革、細菌学の発展、出生と様々な要因が絡み合い、無症候性キャリアでただ一人隔離されてしまったメアリー。

この本はそんな彼女に一生や彼女が隔離されたその背景を簡潔にまとめつつ、

彼女に起きた悲劇を通して、感染症の拡大という問題の中において個人の権利と公共衛生の両立について考えていく。

また、そんな悲劇に対して筆者は、患者に対する差別的な考えはしないように読者に願った。




公共衛生という物は得てして、その強権を発揮してしまう。

そして恐ろしい点として、その強権が広く大衆に受け入れられるという事。

大義名分が獲られる。というのは人を動かすという点でかなり重要なポイントになる。

「自身の生命を守る為。」というシンプルでわかりやすい目的は、大勢の力を動かすには十分だ。



熊本においても、個人と公共を巡る事件が過去に起こった。


「本妙寺事件」と言われるこの事件は、熊本市行政が都市の浄化を目的とした隔離政策である。


当時熊本市西区本妙寺周辺には各地から集まってきたハンセン病患者が多くその場に居ついていた。

明治維新以降にやってきたキリスト教神父のハンセン病患者救済活動も熱心に行われていて、

非ハンセン病患者の住民との軋轢も少なく、本妙寺地域一帯はハンセン病患者達の集落が出来上がっていた。


しかし、行政はその集落にいる患者を強制収容し、施設に送った。

彼らの住む家は除菌の為に燃やされたという。

それが1940年7月9日。戦中の話になる。



ハンセン病に対する偏見や差別、感染するのではないかという恐怖がこの事件を招いた。


今の知識を持つ身からすれば、ハンセン病なんて取るに足らない病気になった。

まだ、インフルエンザや肺炎の方が身近でよく人を殺す病魔だ。



彼らには今の様な病気に関わる知識は無かった替わりに、恐怖や偏見、差別があったのに他ならない。



人々が混乱し、学者が問題解決の糸口を研究している段階の時。

明確な答えが出せない現状の時こそ、過ちが起きる。


だからこそパニックを起こさずに、問題に対して冷静に向き合わないといけない。


人に石を投げるという事は、とても楽しい事だ。愉快な事だ。爽快な事だ。

だが、その一方で投げられた人は心を失っていく。


その事をこの本が問いかける。


患者達を悪者にすれば確かに楽だ。

だが、それでは悲劇が繰り返される。それでいいのか。という問いだ。




個人の権利を尊重し、患者達の人権を守りつつ、感染症を撲滅するか。


「チフスのメアリー」の様な悲劇が度々起きている現在。


このコロナ流行という悲劇の中で、今現代に課せられた課題のひとつだ。




知る。という事は力なんだと再確認させてもらった。

歴史を学ぶという事は、問題を過少評価する事を防ぐ事ができる。

問題を判断する上での情報不足が、今置かれている問題を過少にしてしまう。


だからこそ歴史を学び、また現在進行形で最新の情報も集めなければいけない。


メアリーは悲劇に見舞われが、一方で隔離された島で看護師を始めとした交流があり、友人もいた。その島の病院で働きもした。 


単語のイメージで語られがちなメアリー像を打ち破るメアリーがそこにはいた。

彼女の一生を知れて良かったと思う。



この本もまた読書感想文のおすすめ図書にしたい。

こんな時代だからこそ、学べる事もあるだろう。


公式サイト

https://www.chikumashobo.co.jp/special/typhoid_mary/

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毎週金曜19時更新。 目に留まった創作物にレビューを書きます。批評家では無いので、凝った事は書きません。文章は硬いめだけど、方針はゆるゆるです。よろしくです。

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