残された山靴 佐瀬稔 

2020年9月19日土曜日

ヤマケイ文庫 佐瀬稔 山と渓谷社 読書

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 世の中の創作物にあーだこーだ言う。




『独断と偏見とちょっとしたスパイス』


第14回は、山に消えた登山家達の鎮魂歌。


残された山靴



私が尊敬する職業を上げるのならば、最初にアルピニストを上げるだろう。


確固たる意志の元に彼らは山へと旅立つ。

結果的に家族を置いていくのだから「エゴイズム」と言えばそれまでだが、

自分一人の意思を貫徹するという事は結果としてそうなってしまうのだろう。


山地は死がある。標高が高くなればなる程に、死がより近く、より鮮明になる。


戦地を除けば、これほど死が近い場所はそう多くはないだろう。


そんな過酷な環境に挑み続ける。多くの著名な登山家達が相次いで命を落としていってもなお。





『神々の山嶺』の羽生丈二のモデルにもなった森田勝を始め、冒険家・植村直己や

日本人女性として2人目のエレベスト登頂を果たした難波康子と言った、昭和を代表する登山家達。


本書『残された山靴』は、

実際に山で死んでいったそんな著名な登山家達の軌跡を通して、その足跡を探っていくノンフィクションだ。

主に関係者からのインタビュー等を通して、その人柄や生前の故人の活動を見ていく。



元々は作者の佐瀬稔が亡くなられた折に発刊された遺稿集の為、内容は一部重複している。

そのため、全体的にまとまりにかけた本になっているきらいがある。



だが、この山を巡るドラマの数々に痺れた。

輝く冒険。死の淵でも懸命に生き残りの為足掻く力強さ。そして、生々しい最期。


死が近くにあればある程に、スリルというものはさらに大きくなっていく。


「極限状態」中毒か。それとも。常人では想像のつかない苦痛と快感の世界があった。




20世紀というのは、冒険の時代だった。今の時代で生きているとそう思う。



まだ見ぬ世界が、まだまだ沢山世界中に残っていた。

未だ未踏破の山も多くあった。


登山家達の意思によって多くの山は制覇される。


そして、航空産業の発展とインターネットの誕生によって、急速に世界は縮んでいった。




今でこそ登山も一種の観光の一つであり、もはや冒険という言葉が遠くなった。


エレベストには世界中から山を登る人たちで溢れかえり、渋滞するという有様。



山へ冒険するという時代が終わったのだろう。




家でその土地の様子が簡単に画面で見れる時代には

「冒険」という言葉自体がどんどん陳腐になってしまった。それが現在なんだろうね。


著名な登山家達がその名を残す程に、冒険そのものに価値があった時代。



輝かしい冒険の残照を、この本から感じた。




山に魅入られた登山家達は、山での死を決して望まなかった。

生き残る為に懸命にその技術を振るい、様々な判断を下した。

しかし、それでも生き残る事はできなかった。

死があまりにも近すぎた。



そして、山はあまりにも人に対して無慈悲だ。


どんなにキャリアを誇った経験豊富なクライマーも、ただ一瞬でその命を奪っていく。


この本に紹介される死は、あまりにも生々しい。


しかし、死ってそれ自体はとても淡泊な物なんだと思う。

長谷川恒夫の最期を、パキスタンの著名な登山家ナジール・サビールは運命と言った。



あそこまで無慈悲であっけない最期が、ただ運命と評される淡泊さ。

人間を寄せ付けない環境が山にはある。





昭和には多くの著名な登山家達が、互いに競い合いながら切磋琢磨していた。

あの空気、死生観、力強さ、そしてその最期。


私は山には登らない。

ヤマケイ文庫は好きでたまに読むぐらいの人間だ。


山に惹きつけられたきっかけはは、映画館で見た『メルー』映画だった。

これから『アンナプルナ南壁 7,400mの男たち』『エレベスト』と見て、漫画版『神々の山嶺』を読んでいき、気が付くと山に魅入られてしまった。

そして、そんな過酷な世界で戦う登山家達にも。



とはいえ実は山に関する知識も無いし、この本に現れた登山家の多くを私は知らなかった。



今回の読書はとてもいい機会だった。


20世紀という冒険という言葉が輝いた最後の時代に彼らは山へと旅立ち、懸命に戦った。



この本は死んでいった登山家達の記憶であり、鎮魂歌であった。

それを私は本を通して触れられる。知れるというは計り知れない程に、ありがたいことだ。



公式サイト
https://www.yamakei.co.jp/products/2810047230.html

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毎週金曜19時更新。 目に留まった創作物にレビューを書きます。批評家では無いので、凝った事は書きません。文章は硬いめだけど、方針はゆるゆるです。よろしくです。

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