私のための誘拐計画 ─隠された出生の謎と家族の秘密─

2024年11月8日金曜日

西奏楽悠 中村至宏 読書 文芸社 文芸社文庫NEO

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 独断と偏見とちょっとしたスパイス 78


私のための誘拐計画  西奏楽悠
─隠された出生の謎と家族の秘密─





※一部ネタバレあり 注意


「ゴールデンカムイ」を見て以来「タイトル回収」が好きになった。

「タイトル回収」とは作品の題名が劇中のセリフや用語として使われる事。ゴールデンカムイの場合はラスボスとの最終決戦での会話シーンで、ラスボスのセリフの中で回収された。これを初見で読んだ時は痺れた。様々な出生の人々が己の望みの為に争い続けた「ゴールデンカムイ」の物語が終わってしまう事を改めて実感した場面だったから。クライマックスの場面とは言っても、引き延ばそうと思えばいくらでも引き延ばす事が出来るのが漫画コンテンツの悪癖。「ゴールデンカムイ」の物語も伸ばそうと思えばまだ伸ばす事自体は出来たと思う。でもあの「タイトル回収」は物語を畳む合図の一つだったと思う。主要な人物が次々に退場する派手な展開の中では小さな合図なんだけど、とても印象的だったのを覚えている。べたな演出だから多くの作品でも使われている「タイトル回収」。物語の題名がある種の伏線になっていたり、題名に「含み」を持たせたり、演出が巧みになればなるほど「タイトル回収」された時には印象が増す創作テクニックだと思う。

さて今回はそんな「タイトル回収」が光る作品を取り上げたいと思う。




今日は、文芸社より発刊されたのは『私のための誘拐計画』を取り上げます。

最初に本作が商業出版なのか。それとも自費出版なのかは不明である事はここに明記しておく。それは前提なんだけど、正直文芸社はわりと警戒してしまう。というのも文芸社は自費出版を請け負う会社。もちろん作家さんと出版会社の契約によって本が出版される仕組み自体は良いと思う。ただ自費出版から大成した作家さんって、賞を受賞して作家さんになられた人よりも限りなく低い。それこそ長い期間活動されている作家さんは自分が思い浮かぶのは『リアル鬼ごっこ』山田悠介さんぐらいだと思う。それぐらい多産多死の環境で、そもそも高額な自費出版。そしてネット上に無料の小説投稿サイトの登場により、自費出版をするメリットも少なくなっている現状はあるが、一番はやっぱり品質が伴っていない作品が多いorそういうイメージが持たれやすい環境にあると思う。

基本的に書店に並ぶことが少ない出版社だけど、例外もある。熊本市内にある「金龍堂まるぶん店」だ。そこの新刊コーナーにあったのがこの本。定期的に新刊コーナーを見れば文芸社の本を見かける。本は収益単価の低い商材とあって売り筋ばかり置くのがセオリーだと客視点でも思うが、あえてこういった尖ったチョイスをしているのは面白いと思う。この光るタイトルに惹かれてこの本を手に取った。



あらすじ
舞台はとある県の北部にある池神村。高速道路建設によって一部住民が転居している事を除けば大きな事も無い長閑な村。この村にある父子家庭があった。高校生で映像クリエーター志望の主人公・日向と、とある事情によって一度も外に出た事の無い妹の光莉。そして工場勤務の父・昭臣は細々と生活していた。そんなある日当面の生活費を置いて昭臣は失踪してしまう。戸惑う日向と光莉。日向は偶々目についた昭臣の書斎を探ると、そこには戸籍謄本があった。そしてその戸籍謄本には光莉の名前が無かった。そもそも、光莉は3歳の時に昭臣が連れてきた子供だったのだ。また自殺した祖父・英寿の誘拐をほのめかす意味深な遺書も見つかった。一体光莉はどこからやってきたのか。本当に妹なのか。日向は多くの疑念を抱きながら、父の帰りを待ちつつ次回ある映像コンテストに向け映像作成に励もうとしたその時、村で白骨化した遺体が2体も建設現場から発見され、被害者の持っていたメモ帳から父の名前が載っていた事から事情を聴きに警察が家にやって来たのだ。どうにか場を切り抜けると、ここに来て日向は光莉を始めて外の世界に出す決心を固め、兄妹は父を探す為に行動を起こすのだった。



『私のための誘拐計画』は戸籍謄本にも載っていない、そして父によって一度も外に出る事が許されない妹と高校生の兄が父の失踪を機に出生の秘密を知り、家族との繋がりを再確認するミステリー小説。

ただミステリー小説としては粗を感じた。父の失踪、警察の事情聴取とわりと大きな問題を抱えている兄妹が父を探そうとするのは自然の流れ。しかし、父の失踪後も定期的に光莉に勉強を教えにくる女性・千歳が度々登場する。昭臣とは何らかの関係性を感じさせる女性ながら、父の失踪については頑なに何も話さないミステリアスな存在。日向は千歳のこの言動に反感を抱く一方で、兄妹は片手間で父を探している感じで、とにかく必死さが伝わってこない。ただ父の失踪について事情を知っている大人が近くにいるとなるとそうなるよね。この辺は物語の方向性が見えないのですごくモヤモヤした。ミステリー小説というよりも兄妹のヒューマンドラマとしての側面が強く、伏線自体はちゃんと回収されているものの、展開そのものも粗に感じてしまった。「何でそうなったの。」って思う場面も度々あったし。

妹・光莉の成長物語として見ればまだ面白く見れる。初めて外を歩いた妹とそんな妹を見て微笑ましく思う兄。いいよね。光莉は外との関わりが薄い結果、中学生ぐらいの年齢ながら、幼さが目立っている。だからこそ日向がお兄ちゃん役をかなり意識してやっている節があって、結果凄く仲がいい。基本兄弟姉妹って無関心か仲がほどほどに悪いのどちらかなんだけど、一方でごくごくたまに異様に仲がいい兄弟姉妹がいる。そんな空気感。そして光莉もわりと成長したい。自分の知らない世界を知りたいと、意外と自立心が強くっていい感じ。

後半以降の怒涛の伏線回収は好き。謎が明かされる爽快感は弱いけど、色々と腑に落ちた。個人的に父昭臣が結構悪い事やっていた事には笑った。それを本人は自覚しているだけマシだけど、これ聞かされた日向は新たな火種になりそうで、これハッピーエンドだったのかは疑問。最後の最後で本心を明かした父とも、「墓場まで持っていく」案件の秘密を隠せなかった父と取るかは、読者間で分かれるとも思う。私は後者。親の恥部って見たくないじゃん。やっぱ。

そして最後に「タイトル回収」で明かされる事の顛末とタイトルの意味に、荒んだ精神状態の中で愛にすがった黒幕の複雑な心境が垣間見えて良かった。創作における黒幕の不幸ランキングがあるならばわりと上位に入る悲惨さ。終幕で一人称視点で語られる黒幕の独白は、悲しみの深いもので印象的。作中の雰囲気に似つかない程ドロドロしている。この場面で、この小説に感じていた評価が変わった。この最終盤の展開は大好き。



実は自費出版の本って昔ブックオフで買って1ページでその日本語の雑さにダウンした事がある。だから自費出版を行っている会社に対してはかなり警戒心が強い。今でこそ「なろう系」ブームがあってから小説の文章力で炎上する事は無くなったが、15年ぐらい前の文芸界隈ってわりと質には今以上に厳しかった。ポプラ文学賞の価値を破壊した『KAGEROU』や読者に大概バカにされた『恋空』、批判レビューが多かった『リアル鬼ごっこ』に、地獄めいたコメ欄の『王様ゲーム』、これらの作品って令和の世だったら批判のトーンももうちょっとオブラートにはなっていたと思う。でもその価値観を多少は引きずっているから、警戒気味に読んだ。そしたら結構楽しめる本だったから意外だった。特にこの「タイトル回収」は本当に好き。文芸社って要注意みたいな出版社のイメージが強かったから、イメージも変わった。手に取るまではわからないものです。物語は。

強くはお勧めできないけど、このレビューを通して興味が沸いたならば読んでみて欲しい。

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毎週金曜19時更新。 目に留まった創作物にレビューを書きます。批評家では無いので、凝った事は書きません。文章は硬いめだけど、方針はゆるゆるです。よろしくです。

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