独断と偏見とちょっとしたスパイス 33
旧共産遺産 星野藍
─バチカン半島に残る共産主義の残像を追う─
公式サイトより引用
https://www.tokyokirara.com/items/28234666
私が生まれた頃、欧州の共産主義は退潮していた。
東欧諸国の政変。ドイツの統一。ソビエトの崩壊。
冷戦状態は終わりを迎え、世界は新しい時代を迎えた。
私にとって一連の共産主義国家というのはもはやアイコンに過ぎない。
歴史の連続性を感じさせない無機物的な建造物。
非人間性を感じさせる超システマティックな社会。
体制維持の為に拡大された強力な軍隊。
その全てが過去へとなり、歴史になってしまった。
現状打破。新秩序。平等。
様々な意志が集まり沸き起こった一つのイデオロギーは、
変異を迎え、腐敗し、終焉を迎えた。
あの壮大な社会実験は一体何だったのだろうか。
その意味について、
後世の歴史家の発言を待ちたい。
さて、今回取り上げるのはこちら。
旧共産遺産 星野藍
この本は旧共産圏だったバルカン半島諸国を巡り、
そこに残る廃墟やスポメニックと言った共産圏の遺産を、
写真へ収めたコアな写真集になる。
一部ギリシャの廃列車群やキプロス島の廃空港・ニコシア国際空港と言った、
非共産圏だった国々も一種のボーナストラックとして最後に追加されている。
それ以外は旧ユーゴスラヴィア連邦を始めとする共産遺産にスポットを当てる。
ユーゴスラヴィアオリンピックの会場に、古いSF映画みたいな発電所。
そして、当時の政権がその威信をかけて作った巨大モニュメント・スポメニック。
もちろん今でも管理が行き届き市民の憩いの場になっている場所もあれば、
反共産主義の市民による破壊、内戦、金属類の盗難により、
見るも無残な姿を晒しているものもある。
この落差がまた哀愁を感じる。
あの頃。あの瞬間にあった。
共産党政権の残影を、この写真集は追った。
そもそもスポメニックとは何ぞや。
という説明が無かったので、まずそこから話を始めよう。
デザイン情報サイト『JDN』より一部引用する。
セルビア・クロアチア語やスロヴェニア語で「記念碑」という意味を持つ“スポメニック”。第2次世界大戦中の枢軸国軍による占領の恐怖と、占領軍から勝ち取った勝利を示すため、1960年代から1990年代にかけて制作された先駆的な抽象表現の記念碑のことです。
デザイン情報サイト『JDN』より引用 https://www.japandesign.ne.jp/books/2020/08/55021/
日本においても、
過去の大戦で亡くなった方々を弔う慰霊碑は各地に多く建造されている。
その中にはアート作品的要素を含んだものも多い。
長崎の平和公園の平和祈念像は、度々お土産品にも描かれる。
都市の悲劇的な歴史を今に伝える長崎のシンボルとしてとても有名だ。
ローカルな話題で恐縮だが、
熊本市中央区の小峰墓地にある画家海老原喜之助も制作に関わった忠霊塔。
これもまたダイナミックな作品であり、見るものを圧倒するような迫力と、
それに込められた願いや戦没者を弔うという意思を感じさせる。
日本の慰霊碑とスポメニック。
この違いは、
- 記念碑の建造にナショナリズムの要素を含んでいる事。
- スポメニックを通して政権側のメッセージを大衆に伝える。
この2つだと私は思う。
もし専門家の方がいたらコメントを通して解説していただけるとありがたいです。すいません…。
ナショナリズムとしての側面が強いスポメニックは、
共産主義国家でありがちな巨大モニュメント。
ダイナミックスで合理的。または抽象的なデザイン性。
ある種の男性的で、歴史の連続性を感じさせない。特異的な作品が多い。
ここで言う歴史の連続性とは、
今までの伝統的な模様や宗教的と言った要素が廃された。
とういう意味だ。
そして、スポメニックにはそれぞれ様々なメッセージ性が施されているが、
基本的に過去の大戦の勝利を祝い、そして死んでいった人々を追悼する。
第二次世界大戦の勝利に関する巨大なプロパガンダなのだ。
プロパガンダというと映画や音楽と言った大衆文化や、
絵画やイラストと言ったアート作品。
または大衆をターゲットにした情報戦。
と言った具合に、ひっそりとやるものだと思いがち。
一方で巨大モニュメントという形で、人々に訴えかける。
というのは、独裁国家や共産主義国家にありがちなイメージ。
力というものを全面的に示したそのあり様は、
ある種の男性的な、そして権威的な、
そんな印象を抱いた。
スポメニックが大量に建設された経緯について、
私はわからないし、この写真集において詳しくまとめられている訳でもない。
ただ今もなお、当地にスポメニックは多く点在している。
この写真集は様々な人に刺さる内容になっている。
私は廃墟に興味があり、ソ連の壮大なプロパガンダにも惹かれる1人だ。
そして、自分から積極的にならない限り、
見る事のできないバルカン半島の風景が見れる。
というのも知的好奇心をくすぐる。
アルバニアに点在する破損したトーチカ。
ハンガリーにある放棄されたメグ21戦闘機の墓場。
ブルガリアのバズルジャ・共産党ホール。
何故、どうして。こうなにも捨て置かれてしまったのか。
疑問が沸き起こるが、決して疑問は解ける事は無い。
でもやっぱりと考えてしまう。
こういう無駄で答えのない問について試案する時間が好きなのだ。
この写真集については、題材選びと写真のセンスも飛びぬけている。
コソボ国立図書館とセルビア正教会の形容し難いデザイン性には度肝抜き、
ブルガリアにある『世界で一番重たいモニュメント』の
メカメカしい石像モニュメントに対して、意外性を感じた。
アルバニアの共産主義国家らしいモニュメントも味があり、
クロアチアにあるモスラヴィナの革命記念碑は、
まるで映画スターウォーズに出てくる敵役の戦闘機、
タイファイターの様な造形をしている。
ここまで読んでもらえたらわかる通り、
日本文化圏ではあまり見る事の出来ない造形の数々に興奮し、熱中した。
自分の知らない世界を見るというにはとても楽しい事。
そして、その写真の完成度が高いから、
最初から最後まで同じ熱量で読めた。
写真集やイラスト集って、好きな作品があれば微妙な作品もある。
全部が全部良い。って言える作品って実は結構少ないと思う。
でもこの写真集については、全てが良かった。
刺激的で楽しい時間を過ごせた様に思う。
小説、漫画、アニメ、映画。
今年私が見た作品の総数は恐らく20作前後位。
だからこういった言葉を言うのも、ちょっとおこがましい気もするけれど、
今年見た作品の中で、トップクラスで素晴らしかった写真集。
今年見た作品に一つだけ賞を与えないといけないと言われたら、
私はこの作品に賞を授与すると思う。
もしも購入するか迷っているならば、買ってしまった方がいい。
そして、共産遺産。圧倒的なスポメニックの存在感を感じよう。
そもそもこの被写体を選ぶというセンス。
写真や文章から伝わる熱量。独創的で優れた構図。
ただただ素晴らしい。
本という媒体故に、
見開きのページの写真が見づらくなってしまった事が残念でならない。
地雷が未だに残るエリアや、
ストリートアートが壁がびっしりと描かれた廃墟。
倒壊し今にも崩れかかった建物へと赴き、写真を撮る。
それは私みたいな臆病者にはできない事。
そんな困難な仕事をやり切り、
そして優れた作品集へと昇華させたのがこれだ。
公式サイト
https://www.tokyokirara.com/items/28234666
おまけ
レビュー内でも現れた共産党ホールのドローン空撮映像が
YouTubeにあったのでアドレスを乗せときます。
4K 共産党ホール 廃墟 -バズルジャ- ドローン空撮, ブルガリア
https://www.youtube.com/watch?v=Z_p-tC1HXgI
来週は
司馬遼太郎の『殉死』を取り上げます。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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それではまた来週お会いしましょう。
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