独断と偏見とちょっとしたスパイス 34
殉死 司馬遼太郎 ─戦後の乃木大将評を語る資料─
Amazonより引用
https://www.amazon.com/%E6%AE%89%E6%AD%BB-%E6%96%87%E6%98%A5%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%81%97-1-37/dp/4167105373
昭和における歴史系インフルエンサー・司馬遼太郎。
彼はその語り口には、今の歴史系YouTubeには無い重さがある。
内容の真偽はさておき、
膨大な資料を用いなければとても書けないような重厚さ。
それでいて説得力のある言い回しは、さも正しいと感じてしまえる程。
文章は普段から歴史学を学んでいない人には、事実と誤解されかねない。
事実「司馬史観」という言葉が残る通り、
死後幾年がたったがその影響力は残っている。
今でこそインターネットの発展やSNSの登場により、
専門で学ばれた史家の解説を見る事が出来るようになった。
間違いを間違いだと指摘する史家を現れ、
現代では「司馬史観=フィクション」という評価で落ち着いている。
さて今回取り上げる作品は『殉死』。
日露戦争の折、
旅順要塞を膨大な犠牲を払いながら陥落させた将軍・乃木大将の一生を、
司馬遼太郎史観を通してまとめられたものになる。
最初に書いておくが、私はこの本はあまり好きではない。
彼の描く乃木大将評はあまりにも劇的で、あまりにも辛辣なものだ。
はっきりと軍事面において無能だと書かれていて、
封建的思想に囚われ、それを行う事を良しとする価値観は、
当時においても時代錯誤が甚だしいと批判されている。
それでいて妙に劇的なふるまいを得てして行ってしまう性分。
陰惨な精神性を持ったパーソナリティ。
この本を読み終わる頃には乃木大将を嫌う理由ができてしまう。
今っぽい言い方をするならば、
Twitterでインテリが長文ツイートを駆使して批判しているような印象。
読んでいてあまりいい印象は無かった。
旅順要塞攻略戦における膨大な死者数も、
世界が地獄を見た第一次大戦の約10年前と考えると納得がいく。
世界が地獄を見る前に、それよりも早く地獄を見た将軍の評価がこれなのか。
という衝撃があった。
けっして同情ではない。驚きだ。
私には知識が無い。だから司馬遼太郎に反論はできないが、
軍事の専門家や研究者がこの本を読んで何を考えるのか。
私はそれが知りたい。
また作中における殉死まで流れがあまりにも劇的すぎる。
私は思うに彼は精神をむしばまれていたのだと思う。
あの死には、劇中の様な思想的な死がみえない。
私の友人は突然命を絶った。
彼なりの前触れはあったのだろうが、その時は気が付かなかった。
あの時のあの感覚によく似ている。
一小市民の体験を、
歴史上の人物に当てはめて考えるのは理論として間違っているし、
根拠のない推論はただのフィクションの過ぎない。
ただこの殉死で描かれた、
この死に際の風景が正しいとはどうしても思えなかった。
この本を通して戦後社会における価値観の変化を感じた。
軍国主義的な思想が維持された戦前社会に対する反発。
それが結果として、
戦前体制側に美化神格化された乃木希典という男に対する評価が、
敗戦と日本帝国の崩壊によって揺らぎ、否定されていく。
乃木希典に対する強い否定的な評価は、
戦前体制の否定にも私は感じた。
そして、戦前から戦後へ。
新しい価値観へと転換していく社会。
という事を強く意識させられた。
よく人物についてまとめられたホームページで、
戦前と戦後で評価ががらりと変わってしまう。という事例が度々ある。
平成に生まれ、令和に生きる私にはあまり実感がわかなかったが、
こういう事だったのかと知った。
軍国主義的な教育が行われた大正に生まれ、戦中は従軍し、昭和に死んだ。
そんな司馬遼太郎だからこそ書けた作品だったと思う。
戦前、戦後という意識が遠のいた私たちには到底書けない。
ある種、歴史的資料を読んでいるかのような。そんな気分にさえられた。
私の古文書の先生は、よく司馬遼太郎の本を読みなさいと言っていた。
もちろん、彼の作品はフィクションであり小説であるが、
参考になる部分も多いと語っていた。
始めて読んだ司馬遼太郎作品がこの『殉死』になる。
読んでいて先生が何故参考になる。とアドバイスをしたのかわかった。
先生自身が、司馬遼太郎に影響を受けているのだから。
先生の作るレジメには今思うに、司馬イズムがあった。
司馬遼太郎は、
一歩引いた冷めた視点で、理路整然な文章を用いて歴史をつづる。
そんな彼のワークスタイルを知る、きっかけとなった作品となった。
そして歴史観というものは、
その人間の体験や思想によって大きく変化する。
当たり前の事だが、その中でどれほど客観性を取り入れるのか。
歴史を語るという事の難しさは、ここでも付きまとう。
公式サイト
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/1676633400000000000Y
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