独断と偏見とちょっとしたスパイス 48
ー拭いきれない“不穏な世界”で穏やかにその“時”を生きる。─
公式サイトより引用
私がいつか読んでみたい作品のひとつにネヴィル・シュートの『渚にて』がある。
これは冷戦真っ只中の1957年に書かれたSF小説作品。
核戦争後のオーストラリア・メルボルンが舞台のいわゆる“終末もの”。詳しい作品のあらすじについてはウィキペディアに任せるが、
(結末までの詳しい記述があるのでご注意を。)
「終末もの」の金字塔という話も聞く。映像化もされた。
半世紀以上前の古い作品ではあるものの、
今なら当時の読者が感じたあのリアリティを、
現在の私達も同じぐらい感じる事が出来るかもしれない。
2010年代。北朝鮮の核開発はあれど核戦争なんて起きないと信じていた。
しかし、2020年代は世界的に不安定な外交が続いている。
核保有国が参加する戦争も始まった。
「核戦争」という言葉に俄かにリアリティを持ち始めた今。
この小説を読む時期が来たのかもしれない。
さて真面目な前置きはここまでにしよう。
今回取り上げるのは『ヨコハマ買い出し紀行』。
「月間アフタヌーン」で1994年から2006年まで連載されていた。
海の近いとある田舎で「カフェ・アルファ」を営むロボットのお姉さん。
初瀬野アルファの日常を穏やかな日常を描いたSF漫画。
時折違う登場人物視点にもなったりする。群像劇的側面も。
お話はとても穏やかで、どこか懐かしさと切なさを感じる物が多い。
童話みたいな話から、日常の一コマ、周りの友人との交流。世界の不思議。みたいな。
日常系の枠に収まらない話の数々で、気が付くと話に飲まれてしまった。
アルファが使う特殊なカメラや空を飛び続ける超大型飛行機と言った、
SFらしいガジェットやメカメカしい乗り物。
何気ない会話シーンや描写からも考察しがいがある世界観。
この独特な雰囲気が好きな人にはすごく刺さる作品だと思う。
ただその一方で、拭いきれない不穏な世界が描かれている。
海面上昇によって海辺の街や土地が水没していて、
さらなる海面上昇に危機に晒されている。
人々はその衰退を受け入れ、穏やかなに生きている。
巨大化する柿やひまわり。貴重な米と醤油。奇妙な生き物。物資不足。
都道府県レベルの都市国家に分裂する日本。
拳銃で武装するアルファ……。
明確に答え合わせがあるわけではない。
作中では一体過去に何があったのか。結局わからずじまいだった。
多分作者さんだけが知る裏設定が膨大にあるに違いない。
しかし、その設定をあえて会話シーンや物語以外で多くを語る事はしなかった。
そのおかげで世界観を考察したり、想像する楽しみが生まれと思う。
考えれば考える程に。想像すれば想像するほどに不穏な世界。
とても物語では拭いきれない不気味さがある世界観ながらも、
前向きに今、その時を生きている明るい人々達の穏やかな日常を描いた。
一見すると、とてもアンバランス。どっちによってもこの雰囲気は出せなかった。
それがカチッとハマっていて、独特な個性を持った作品になっている。
そんな“てろてろな時間”を描いた“終末もの”だ。
この漫画は登場人物達の関係性に注目しても面白いと思う。
世界観と同じぐらい、あれこれと想像してしまい物語がさらに広がっていく。
私的に好きな関係性なのはタカヒロとアルファ。
最初は小学生ぐらいの男の子だったタカヒロ。
家は違えど子供の頃から家族の様に交流を続けている。
しかしアルファはロボット。少なくとも外見が老いる事は無い。
だから2人の時間の流れも違う。タカヒロは大人になり、結婚して、子供を授かった。
タカヒロを見守る事は出来ても、より近い立場で一緒に生きる事はできないアルファ。
近くて、そしてとても遠い距離間。まるで家族の様な、この関係性が好きだった。
関係性と言ったら、子海石先生とアルファも好き。
子海石先生は過去にロボット開発にも携わった年配の女性医師。
事故にあったアルファを治療した医師であり、アルファと過ごす時間を楽しんでいる1人。
しかし、アルファに過去の実験の決着をつける為にある頼み事をしたり、
自分が高校生時代からつけていたネックレスを、
より未来にまで生きるアルファに託したりとロマンチストな側面が素敵。
個人的アルファさんが1年程旅に出る話もまた好き。
人々の生活をアルファさん視点で見ていくその土地土地の様子。
それは明らかに私達の知っている日本とはとてもかけ離れている。
土地が荒れているし、道を綺麗では無いから徒歩での旅になる。
でも、確実に世界観が広がった展開だったと思う。
国会の看板がついた田舎の小学校のような門。
人の頭よりも大きな柿に、飛行機の定期便の男性ロボットのパイロット・ナイとの出会い。
劇的な展開は無かった。
でも淡々と関東地方を旅して、時にはアルバイトで路銀を稼ぎながら見分を広げる。
こういうの。
ちょっと。ちょっと憧れる。
癖になる漫画だった。
ゾッとするほどに不気味な世界観ながら、そこで暮らす人々は今日も明日も生きている。
そこには文明が終わってしまう事に対する焦燥感や恐怖は無く、
むしろ無邪気にいつもどおりの日常を楽しそうに生きている。
そんなアンバランスな作風が、奇跡的なバランスで成り立っている作品だと思う。
この世界に何があったのか知りたいという気持ちと、
知りたくないという気持ちが、互いに反発しあっている。
知ったら無邪気にこの漫画が読めなくなる気がしてさ。
ちょっと複雑。
温かい日常とSFのコントラストが美しい。そんな漫画でした。
また時間を空けて、読み返したい。
公式サイト
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