夏の約束、水の聲 ─東京から来た少女と廻る人魚の呪い─

2024年9月20日金曜日

syo5 新潮社 新潮文庫nex 椎名寅生 読書

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独断と偏見とちょっとしたスパイス 74



夏の約束、水の聲  椎名寅生
─東京から来た少女と繰り返される人魚の呪い─







Amazonより引用






今離島旅行を計画している。行き先は鹿児島県の硫黄島。
まだ計画の段階だけど、2泊3日位で行こうかなって考えている。

自分は個人的に海外旅行よりも離島巡りに憧れを感じていた。元は従妹の叔父が小笠原村出身で、何かと過去にお世話になっていたが10年以上前に亡くなられた。葬式も遠方で執り行われた事もあって、その時は葬式に参列出来なかった。だから一生に一度ぐらいは墓参りに小笠原村に行かないといけない。って前々から思っていて、それで小笠原村について調べていく途中で青ヶ島について知った。太平洋の孤島・青ヶ島。熊本から行くと旅費だけで韓国や台湾旅行よりもかかるだけど、あの景色は生で見たいって思った。それから色々な島の写真を見て、離島旅行に行きたい。って強く思うようになった。『鉄腕ダッシュ』でおなじみの吹奏楽曲「天国の島」、この曲のモチーフになった天売島にも行きたいし、俊寛が島流しにあったという硫黄島にも行きたい。中学生の時に読んだ子供向け『源平盛衰記』でこの島の存在を知って、一度この目で見てみたいって思ったのが始め。

怠惰な自分がそこまで計画できるのか。
そもそも島旅行のノウハウも無いし、わからない事ばかりだけど、行きたいって思う。



さて今回取り上げるのは、そんな離島が舞台のお話。
『夏の約束、水の聲』 椎名寅生

舞台は離島。玖和島。近くには4つの島があり、その中でも一番小さな島で本土から2番目に遠い。4島には定期連絡船が就航していて、各島々を回っている。特に明言されていないけど、伊豆諸島を勝手にイメージしている。ヒロインの女の子って東京から来ているし。

主人公・浦野辰水は島に住む活発な中学生で、家は民宿を営んでいる。
その手伝いで港に来る宿泊客を迎えにいくと、そこには同じ年のヒロイン・泉沙織がいた。
建前上は一人しかいない書道部の合宿という体だったものの、どうやら訳ありの様子。中学生がたった1人での宿泊という事もあって辰水の両親も最初は怪訝そうな態度を見せていたが、最終的には辰水家族とも打ち解る。部活の合間に島を案内する辰水と沙織。その距離はぐっと近づいていく中で、ある夜。海に出かけた2人の前に人魚が現れた。
「おまえたちは、決して結ばれない。」という言葉と共に呪いをかけた人魚。
次の日沙織の足には魚の鱗の様なものができていた。

段々と体調崩していく沙織。大荒れの嵐の中、病気の叔母に代わって隣の深途池島から夏休みの間、伯母宅の管理を任されていたもう1人のサブヒロイン間宮葵と共に、嵐の海を渡り深途池島へと向かう。200年前から続く人魚の呪いと深途池島の有力一族でもある間宮家の伝承を知り。そして、人魚の呪いに抗い多くの物を失った男との出会い。人魚がいるという地下洞の奥地へと足を踏み入れる。辰水もまた人魚の呪いに抗う為に。


作風は懐かしく、そして官能的。前者だと昔読んでいたジュブナイル小説、今だとヤングアダルトの雰囲気が漂う。元々「新潮文庫NEX」自体がラノベと一般文芸の中間の立ち位置的存在で、同じ立ち位置だと「メディアワークス文庫」に近いかな。ラノベ自体が読者の高齢化もあって結構露骨に年齢層の高い人をターゲットにしたタイトルも増えている中で、話の骨格ががっちりした物語をよく出しているレーベルの様に思う。前はよくこの手の小説ばかりを読んでいたので、読んでいて懐かしさを感じた。

官能的で所々煽情的な描写も多い。ジャンプのラブコメを飛び越え、「ヤング」と付く漫画雑誌ぐらいの感覚。わりと調整次第で成人向けタイトルにそのまま物語を流用できそうな感じすらする。漫画とかだとそういうチューンされた作品ってよく見るよね。まあ苦手な人は注意されたし。

ここからは個人的な趣味の話になるのだけど、私はどっちかというとファンタジー系の方が好き。リアルな物語。現実の延長上の話って結局史学で十分だなって思ってしまって最近は特にファンタジー要素の強い話を見がち。そして、こういうヒロイックな話ってべたなんだけど好き。ただしヒロインの為に平凡な主人公が頑張る。ってまあありきたり。脈々と続く人魚の呪いに抗う話ってドラマチックなんだけど、片方で既視感を抱いた人もいると思う。特に小説という媒体は、漫画の違って視覚を使った表現が出来ないからべたな話は猶更厳しいように感じる。文章表現でしか差別化できない小説の難しさを感じる。


物語自体は凄く丁寧で適度なペースで物語が進行していく。序盤のラブコメ展開からの急転直下の悲劇。そして中盤以降の物語の緊張感は凄く良かった。後半はサブヒロイン・葵とのバディ展開で、葵の導きもあって辰水は人魚をより知っていく事になる。正直表紙絵イラスト化しなかったのは残念。それぐらい彼女には存在感があった。

葵のキャラ造形にすごく著者の「性癖」を感じる。肌はよく焼けて色黒で活発、それでいて判断力は大人レベル。急にシェイクスピアの作品をネタにしたセリフを吐いたりする。一方で沙織は白のワンピースを着ていて、実年齢より若干幼い印象を感じていた。葵と沙織。2人は敢えて対の存在として描いている節も感じるが、沙織より葵の方がわりとキャラの掘り下げが進み、そして活躍が濃いから印象深い。


個人的に残念なのが、人魚が完全に無機質な存在になっていて、よくわからないキャラクターになっていた事。200年前の人間との恋と最悪の結末を機に呪いを人にかけるようになった人魚。嫉妬深く、執念深く、でも深い所で人間が好きで、何かと人間を試そうとしいる存在なんだけど、その割には会話は高圧的で、無機質で、謎めいた感じ。その癖公害問題で人間ディスってくるけど、やっている事は結構俗っぽいから、人間臭いちゃ人間臭いけど、ちぐはぐな感じもする。矛盾した存在。後半の葵とのバディ展開は好きだからこそ、辰水と人魚の問答とその結末には味気さを感じた。人魚の感情をもっと知りたかった。結局表面的な物しかわからなかったから。


結末は好き。沙織の島に来た本当の理由とリンクするのだけど、余韻がある感じ。
余韻が残るラストってやっぱいいよね。物語が見終わった時に感情が沸くし、決して存在しない次の展開を勝手に考えてしまえるから。辰水と沙織の関係性がこれからも続いていく事を予感させるエンディング。生まれも生きた場所も違う2人がこれからどのような関係性になっていくのか。気になるラストだったと思う。


夏ってエモーションよね。
「夏」って言葉には青春の1ページにも、ホラーにも感じてさ。とにかくグラデーションも豊かな季節だと思う。夏の青空に、白い入道雲。夜の夏祭りに真っ暗な肝試し。この小説を選んだ切っ掛けもタイトルに「夏」があったから。夏の時は夏らしい事を少しでもやらないと何となく無機質になりそうな感じがしてさ。あらすじも夏っぽい感じだったから余計に読みたくなって読んだ。離島を舞台に夏休みの冒険と未知との遭遇。いいよね。夏のお話って感じがしてた。ヒロイックで、シンプルなストーリーなんだけど、一方で一種の閉鎖空間である離島。その離島内で有力とされている一族にだけ残る伝承ってもうロマンだよ。本土は農村社会の終焉と共に多くの民話も文化も消えただけに、こういうアクセントもありって思った。気になった人はチェックしてみて欲しい。



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